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その差は”何か”ある

 今日はいつも東海地区特有の違和感というか微妙に感じる”何か”について考える。
”何か”というのは人との絡み方というか、人間の距離感というか、会話の仕方に違和感がを感じる、何かスッキリしない。そこには差と言うか”何か”がある気がした。ぼんやりしていたため、僕の気のせいなのかもしれないと思っていた。

今日は雑記です。書きながら考えた訳だが、”何か”の答えは出ていない。
整理もされていない

名古屋に感じる違和感について僕は、核心を探っているのだが、
中京的なその”何か”の正体は何だろう?
アレがダメだ、これがダメだと僕は言うつもりない。関西も酷いものがあり誇れるものばかりじゃないわけだ。


関西人同士で喋る
名古屋人と喋る
東京圏の人と喋る
この3っつを経験した時して、なにか呑んだりお茶して話した時、違和感を感じる。顕著に出るのは、特に名古屋の若者と話す際に、僕はすんごい違和感を感じる。
 一方、名古屋でもオッサン連中というか、いい大人の方達と呑む場合、違和感は小さくなる。東京とかよく出張しているような社会人の人からはそれほど感じない。



 一言で言うと、何か壁を感じる。県外、県内の人で差別しているとは言い難いのだが、飲んでいて、何か本当のところ仲良くなれない何か、疎外感なるものを感じる。



 この疎外感に関して、僕と同じように他府県から来た人に聞いてみたところ、やはり何かしら感じているようだ。また逆に、名古屋人が他府県に行ってこっ酷く、否定されたというか、酷い扱いを受けたというのを聞いた。特に名古屋と福岡の相性は最低のようだ。



 僕も普段名古屋にお世話になってるしなぁ・・・と思っていた矢先。関西に帰ってきて電車で隣に座った人の会話から、酷い名古屋批判が聞こえてきたりする。耳をそばだてて聴いてしまった。曰く名古屋というのは、地元人と出張族の県外人とで大きな溝があるとのことだ。なので、コミュニティも住む街も名古屋の中で別れるという。



 一方東京でも聞いた。名古屋についてどう思うか?それなりの地位の目上の人に率直に聞いてみた。『名古屋は大きな田舎だ、彼らは都市の人ではない』とのコメントであった。


 福岡の人は『ここは田舎バイ』福岡弁丸出しで言ってのけた。いやでもですよ、福岡っていっても、人口は名古屋と同じかそれより少ないわけですよね?『そういう事じゃないとよ、田舎の人よ』



 名古屋にやさしいいい人もいて、お世話になっているその人達をバカにされると僕も気がわるい。偏見はダメだ『○○人は〜』ではなく、その背景が何なのか?そういうアプローチで僕はこの核心を探っていいるわけだ。


そう考えて僕が考えた答えは
名古屋は、武士と農民しかいない。そこで、町人(商人)文化があまり発展しなかった。商人特有の会話の掛け合いが一切ない。そういうことでまず仮置きしてみた。


比較対象として大阪人を例に考えてみた。

大阪人の凄いところ。それは懐の広さである。(昔、大阪人大っ嫌いだったけど、今不思議と大絶賛である。)
大阪人の怖いところ。巻き込む力である。大阪に住んだ県外人は知らないうちに大阪人になってしまう。なんと恐ろしい。関西以外の貴方がもし大阪に住んだら、大阪の心地よい価値観に侵食されて、気が付けば関西弁をしゃっべるいるのだ。


大阪人に壁はない。壁を平気に侵食してくる。これは商人文化が培ったものだ。