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酒場のシーン 酒場のシーン

「私が欲しい?じゃあげるぅ」
その女の子はそう言った。

「ああ、またね。」軽くキスをして、適当にタクシーにその子を叩き込み、お札を運転手にわたして、お目付け役の初老の男性までつけて、はいおしまい。
携帯電話番号もしらない若い子だった。


(まったく、ガードが低すぎる、あのデカい乳ぐらもんでおくべきだったか・・・)


「さて、静かな店で呑みなおしますか・・・」



20代なら「はい、よろこんで!」というわけだが、30代になると「ああメンドクサイ」と感じるのです。理解してほしいのだけど「ええかっこ」でそういうことしているわけではない。ただ、単純に性欲よりも大切なものがあるだけです。男として「ダメでしょう?」罵られることもあるが。今は自分には、酒場のドラマ性があればそれで満足してしまう。
これでOK

さてそのドラマ性だが・・・朝しらふにとって思い起こすと、なかなか酒場の出来事とふとした言葉は深い意味をもつ。もちろん女性も大好きだけど、



僕は、忘れっぽいので昨夜のドラマを今記録として書く




”人はサラリーマンである以上、人は幸せになれない”
30歳は計画を立てる。40歳になると、組織では基本的に使い捨てですよ何処でも


その男性は染み入るように私に言った。
(目がマジだ、このお爺ちゃん、時々目がギラついている。この歳でまだ覇気を放つか)


 世の中掃き溜めのような酒場に時々、実はかなりの実力者かおもしれない。と感じる人がいる。その人たち絶対というほど、自分が権威のある人物であることを語らない。苦労して、偉くなった自慢話をしたい!という欲望はだれでもあるだろう。男は自慢をしたい人種だ、ぼくもそうだ。だけどその威厳ある人はそうしない。時に悩む、ストレスを溜めてはめを外す。そん人たちを慈しみの眼差しで眺めているのだ。
 そして、その人の話を聞くうちに、ある一種の新しいリアルに気づくときがある。世の中のあたらしい視点を間接的に感じるのだ。


その男性は別れ際に「70過ぎてこんなに収入があっても全然うれしくない」といって帰っていった。
「じゃあこんな安酒場にいなくても高級店に行けばいいじゃない?」と思うかもしれない。僕はその考えセンスがないと思う。



高級な店に最高のサービスはあっても、偶然のドラマはない