受け継ぐべきこと、ルーツを再度考えること

写真について

 死んだ爺ちゃんは趣味が写真であった。爺ちゃんから僕は直接教わっていない。過去に書いたように、写真をしたいと爺ちゃんに言ったら、散々悩んだ末、僕にあえてカメラを渡さなかった。どうやら彼は深い思慮の末あえて僕に何も教えなかったようだ。婆ちゃんは、それについて理解できないようで、『冥途までカメラは持っていけない』などカメラを売ってしまったことにブツブツ言っていた。
 しかし、小さいころ爺ちゃんに絵を書いたとき、まるで何か食い入るように私の絵を観ていた。たぶんその時から、自分の感性を受け継ぐのが誰か理解していた節がある。今考えれば。
 何も教わらなかったけど、僕は爺ちゃんからを受け継いだ。


写真を続けていくということ

街から継承した形無きものを大切にしたい

生まれ育った街、神戸。心にある私の理想郷は神戸なのかもしれない。神戸の街って『おしゃれですね』ってよく他府県から呼ばれるが、僕らはお洒落であることを望んでやっているわけじゃない。その街から継承した、形無きセンスだ。それを、僕は大切にしたい。シャレオツぶっているヤツと言われても、僕は所詮そうなのだ。いまさら変えられないのだよ。