優しくなければ生きていく資格がない

「男は強くなければ生きていけない。しかし、優しくなければ生きていく資格がない」
レイモンド・チャンドラーが探偵フィリップ・マーロウに言わせた有名なせりふである。
日本IBMが2004年1月から「短時間勤務制度」をスタートさせる。
かつてIBMは1980年代末から1990年代初頭に加速したメーンフレームからオープンシステムへというコンピューター市場の激変の波にさらされ、IBMは大赤字に陥った。ルイス・ガースナー前CEO(最高経営責任者)の時代には、社員の半数以上を入れ替えるという、まさに血の出るような大リストラを断行。苦境を乗り越えて復活した。そうした痛みを知っているからこその「優しさ」でもある。
 
 つい先日、知人の大手商社マンが会社を辞めた。一杯やりながら話を聞いてみると、社内にはかつてない暗い“厭社ムード”が漂っていたという。

  「業績は悪い。会社の展望が見えない。経営トップの言葉には説得力がない。若手は30歳になるまでに3割ぐらいはさっさと辞めてしまう。実家の商売を継ぐか、海外留学して外資系への転職を狙う連中が多い。優秀な奴から辞めていく感じですよ」と、その元商社マン氏。

  40代に入ったばかりの彼の周りや30代でも同じようなことが起こっている。以前からあったことではあるが、最近は特に社員流出の傾向が顕著なのだという。そして、これはこの商社だけが抱える問題ではないはずだ。

  不況の時は下手に独立・転身しようなどと考えず、何がなんでも会社にしがみつけ――。一方で、そんな言葉も思い出す。(独立心旺盛で優秀な人材に)辞められても地獄、(会社に依存する人材に)しがみつかれても地獄。そんな両極現象が1つの会社の中で同時進行で起こっているとすれば悲惨である。

  景気や企業業績は回復の兆しが見え始めているが、多くの日本企業がチャンドラーの言うような強さと優しさの両方を持てるようになるまでには、もう少し時間がかかるだろう。

  それまでに企業と社員の関係にはもう1山も2山もありそう。だが、それらを超えなければ新しい日本的システムの姿は見えてこない。