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魔女に会う話


彼女と会ったのはちょうど10年前ぐらいだった。


京阪神のタウン雑誌『meets』の誌上の3面特集で北野坂に突如現れる占い師の話が書いてあった。街の噂程度だが夜の仕事をしている人たちの話では「あたるらしい」と評判があった。北野坂に深夜に現れるその占い師は俗に言う『○○の母』とかよく言われる類の占い師とは一風変わった人物で、存在自体が不確定であった。そもそもその占い師を見るけるのも骨が折れるらしく、幻とか都市伝説の類に近かった。

当時、北野に住んでいた僕は散歩が今と変わらず散歩が好きで夜の街を歩いていた。すると、北野坂の入り口付近で不思議な蛙を見かけたのだ。



こんなところに蛙の看板なんてあったっけ?それは街を注意深く観察しないと解らない程度の違和感。ビルとビルの隙間にある地味なドア。昼間見た感じだと、店の勝手口だと思っていた。しかし、今はそのドアの前に蛙がいる。正確には蛙のオブジェが妖しい光を放っていた。一目で『この蛙ただものではない』と僕は判断した。

僕は蛙の事が気になってしかたがなくなり、躊躇したがそのドアを開けてしまった。


倉庫みたいな小さな部屋には簡素な机があり、その机を挟んで向かい合って、痩せた女性とまた、もっとやせた女性が向かい合って座っていた。
(ホステスが二人いる?)とさ最初は思った。
「ああ、ちょっとまってね。今鑑定中だから」もっとやせた女性が僕にそう言った。


そこで、脳裏にmeetsの記事を思い出した。(ああ、これのことか・・・)僕は占いしていることに初めて気付いた。脳の中の情報となにかリンクが繋がった感じがした。まぁこれが彼女との出会いだった。


何処から見ても魔女に近い風貌の女性だった。

*

その後、どちらかと言うと友人に近い間柄で細々と連絡を取り合って気が付けば10年経っていた。


「久しぶりだね」僕は彼女の自宅に僕はいた。
表現が難しいが、彼女がこの家に住んでいる事を全く知らなかったが、この家は非常になじみがある家だった。僕が住んでいた部屋の南側に下った、人気のない薄っぺらい土地に建っている家で妙に気になる家だった。気になる理由は不明だか違和感を感じる建物だった。
誰がこんなとこに住んでいるのだろう?不思議と気になる。そして、まさか知り合いが住んでいたとは、今更ながら気づく。
 その事実を知ってしまえば、彼女がこの家に住んでいることに対して自分の中で妙に腑に落ちた。無くしていたパズルのピースをはめた感覚に近い。

 彼女が住んでいたから、僕はその家に惹かれたのだ。何故かお互いが引力で惹かれ合うう腐れ縁とでもいうのだろうか?
 彼女曰く「かのえのひつじ」だからだそうだ。四柱推命を研究している彼女からしたら、それは当然すぎることのようだ。


 双方、SNSとかLINEで繋がっているわけでない。しかし、無意識にお互いを感じて、「そろそろ顔でも見に行ってみるか?」「そろそろ顔でも出すだろう」というのがぴったり合う。
 そして電話がかかってくる。という寸法だ



 彼女と世間話をひととおりした後、彼女はいつものようにタロットを出してくる。
某漫画のおかげで、タロットカードの図案には詳しくなったが、それらとはかなり異なる。古く禍々しい黒い色タロットカード。かなりボロボロだ。
 このタロットこそ災厄をもたらすヤバいブツされている。ウソかホントかしらないが、あまりにも危険ということで歴史の表ざたから姿を消したという代物だ。
こいつのおかげで、あの元町商店街にある観光客相手の占いビルでいさかいが起こり、多くの占い師を巻き込んだ争いに発展。後に神戸占術大戦と呼ばれた。


この話はまた今度


 しかし、コイツの威力は彼女との10年の付き合いの中で、よく知ることとなった。




 世間では、いや流行りの言葉ではグローバルでは人は迷った時にいろんな行動を起こす。カウンセリングに行く人、アラーに祈る人、座禅を組む人、呪術師に会いに行く人、様々が存在する。このご時世でも大真面目に行われているのだ。
 右でも左でもどちらに転んでもいい。選択の根拠が見いだせない場合は、他人にサイコロを振らすのも一つの方法である。そのサイコロの出目に対して、後悔はしないと自信がある。コイツのサイコロならば別にいい・・・
そう感じれる人物がいると人生は面白い。
 


つづく