山手線内側の人

実家が渋谷
実家が表参道

という目が飛び出てしまいそうな地価が高そうな土地が地元という人もいる。あんな街で生まれて育った人ってどういう感性を持った大人になるのだろう?今日は東京であった、生粋の東京人と会って話した時の備忘録である。
生粋の東京人と話して、忘れかけていた自分の本来の生活やスタンスを見直す機会になった。襟を正す思いである。

表参道の黒髪の女性


外苑ってしってます?
ああ知ってますよ青山って言ってもいい土地ですよね。表参道の近くですよね?
ええ、私の実家はそこにあるの。
へぇー・・・・人が住んでいるとは初耳だった。たしかワンルームで10万はした記憶はあるけど。

その子は黒髪で目がぱっちりとした、魅力的な女の子だった。しかし、何処となく堅気の感じがしない。男の扱いに慣れた感じがする闇の匂いがした。だけど、田舎くさい感はもちろんないが、都会のファッションを貪欲に意識している感は一切感じなかった。ファッション誌を見て自分の服を決めているわけではない女の子特有の、自然体で安定感がある外見である。


うちは古い小さな家よ、まぁ親の商売柄小さい時からフランスと日本を行ったり来たり。
(僕はその「小さい」という表現はなんとなく嘘くささを感じた。あえていうなら海外の家と比べてだろう)
なまじ中途半端にフランスに育ったものだから、日本の学校に行けなかったわ。日本の学校にはあこがれはあったけど、フランススクールに入らざるを得なかった。そして、大学生になって初めて、あこがれの日本の学校に行けるって嬉しかったわ。
 

でもね・・・


結果は散々だった。日本語おかしいし漢字も書けない私はなじめなかったの。なにより彼らの考え方ぜんぜん合わなかったの。結局クラスにもう一人いた帰国子女の子としか友達になれなかったわ。
二人でやつらはおかしいと言い合っていたわ。


「で、君はこのゴールデン街に流れ着いたと」
ここって落ち着くのよね、日本の女の子って独りで飲みにいかないし、独りで行く店そんなにないからね。

たばこをふかしながら彼女はそう言った。


渋谷に住んでるフランス帰り

「ハチ公前は、人が多くて面倒なので、モヤイ像前で」
やれやれ、何年振りかな渋谷モヤイ像前で待ち合わせって・・・
僕は課題図書のサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(村上春樹訳)を読みながら待った。待ち合わせ場所この小説のフィービーみたく、スーツケースを持ってやってきて「そのスーツケース何?そんなに靴を大量に頼んだ覚えないけど」
「私の服よ。ね、私もつれてって!」
と女の子がやってきてくれるととっても楽しいのだけどね。
ああ楽しい妄想だった。
さて、そんな現実に戻ると男心を一撃で仕留められる思い切った事をする女性はいるわけがないだろう・・・いや・・・一人ぐらいいたな


渋谷っていい思い出があったね。

僕らは渋谷のフランス帰りも認めるという珈琲店に入った。
(なんかそう言えば私の周りって仏文学やってたり何かとフランス関連のひとがいるね。見た目おしゃれというより生き方がシンプルでおしゃれな人たちである。)


渋谷に人が住んでいるのか?YES、住んでいます。都営住宅もあれば銭湯もあります。
渋谷に住んでいてなんですけど、センター街には来ないです。だって疲れますもの。
(そりゃそうだ。)
今日は人が少ない方ですね。
「え!これで!?」
ええ、普通はまっすぐあるけませんから。でも日本が一番おちつきますよ便利ですし。
フランス帰りの彼女はそう言った。(そりゃ渋谷に住んでいてこれ以上便利なとこがあるかい!)


意外と東京人は生活の範囲が狭い。東京をあちこち移動しない。しかも人が多い場所を知っているので、わざわざそこに行は行かない。スーパーが周りになくて嘆く。駅に行くには知る人ぞ知る濡れない地下街で移動する。


真の都会人は派手な生活をしない。生活が地味である。


刺激が多い街で生まれ育って、刺激的なことを地方から出てきた人みたいに望まない。夜遊びする以前に家に帰れてしまうので、夜は実家に帰えって寝る。ゆっくりと確実に生活している感がある。無駄なお金を使わない。
彼女曰く渋谷は昔っからいままでも村であると。素朴な村である。


この意味がわかる人はいるまい