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三宮駅東側、生田川を越えたあたり。三ノ宮からさして離れていないが、ぐぐっと物価が下がって生活感溢れるエリアになっている。

ママチャリにダイエーの買い物袋
食材をたくさん買って帰る、神戸の一般的なお母さんの光景だ
もはや、服装にそれほど気をつこう事をわすれ、トレーナーのヤレ具合が人生の一種の疲労感を漂わせている。化粧気がない顔からも、日々の母親の疲れ切った顔がにじみ出てる。後ろからは小さな子供サイズの自転車にのった子供が後を追いかけている。おそらく彼女の子供だろう。

団地に住んでいるお母さんの典型的な風貌である。しかし、よく見ると、そのお母さんは白人だった。あまりにも日本化(団地妻化?)しすぎていて一瞬白人に見えなかった。
長年日本に住んでいる外国人は日本人みたいな顔つきになるというが、まさしくその実例が目前にあった。
白人であるが、紛れもなく日本人だ。
人種は純粋なコーカソイドであるが、紛れもなく日本人で神戸人だ。
そのオーラからは、『日本語がしゃべれないはずがない』と感じてしまう。


その馴染み具合の見事さに息をのんだ。
ママチャリに乗る金髪妻は案の定『信号まもりい』と関西弁で子供を制止させていた。

僕はこれが神戸らしい光景だと思う
このような『らしさ』ってのは強制されてできない事なのだ。無理矢理に外人に日本人らしさを強要してもぜったいこのような庶民感は出てこない。また、その人たちのルーツを認め、かつ腰を据えてこの街で生きていくことを決めた人間が出来る高みだ。
そのヤレた金髪団地妻にすごく敬意が持てた。